[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
【投稿者】 かいちさな さん
【題名】 馬鹿馬鹿、あいしてる
【コメント】 アノニマス氏のを読んだあと、もし覇者に恋人がいたら
と想像しました。そしたらお話が浮かんできたので形に
してみました。短いですがどうぞ。
【内容紹介】 編み物をしながら恋しい人を待っている私。
私の大切なあの人はセプター、それも強いセプター。
いつか彼は「覇者」になって私の前からいなくなって
しまうのかしら……?
揺れる思いに、心は行きつ戻りつして――
『 馬鹿馬鹿、あいしてる 』
午後。私は編み物をしている。
まあるい毛玉から糸をたぐり寄せては引っ掛け、紡ぎ、引っ掛け、
紡ぎ・・・。
いたっ。
編み棒で指を突いてしまった。そんな些細なことですら、私の心は
ざわめきだす。
「もしかしたら、エルドラの身に今…。」
私の主人が昨日から戻らないでいる。戻らないでいるということは
誰かと戦っているのかもしれない。戦って、勝利したら―――もしか
したら、エルドラは覇者になるかもしれない。もし覇者になったら、
この世界からエルドラが居なくなる、かもしれない。
「なんでエルドラなんかと一緒になったんだろ。」
再び編み棒を動かしながら私は考えた。
エルドラは強い。その強さをよく知っている。私も昔はよく相手
してもらった。そうだ、そもそも私がセプターじゃなければ出会う
こともなかったはずなんだ。
しばし手を止めて、溜め息を吐いた。思案しても仕方がない。
問題は、エルドラが強いこと。その筋では最強クラスと噂されている。
いつ覇者になってもおかしくないと。
「なぜ戦うんだろう・・・」
窓の外を見てもいつもと変わらぬ穏やかな風景。違うといえば、
こないだ畑に植えたマンドレイクが芽吹いていることくらいか。
私たちは争う。戦って戦って一番になれば新しい世界を生み出せる
という、カルドセプトの言い伝え。世界の輪廻。セプターの掟。
そんなのいらない。今の幸せを手離したくない。エルドラと一緒に
年をとり、この世界で共に果てさせてほしい。エルドラを愛しているから。
「負ければいいんだ、負けちゃえば」
エルドラにはこの思いを話していない。いつだったか、冗談めか
して訊ねられたことがあったような気がする。
「なぁ、お前さ、もしオレが覇者になったらどうする?」
「なにそれ。やだやだ、天狗ね。」
「いや、その、そーいうわけじゃないけど」
「どうするったって…どうもしないわよ。新しい彼氏探しに
忙しくなるだけ」
「そ…そうか」
ちょっと寂しそうだったな。
ほんとのところなんてわからない。だから、強がりを言ってみせた
だけなんだけど。
セプターである限り戦いは避けられない。自身の誇りとカードを賭けて
戦わねばならない。そのことを知っているし、理解しては、いる。
「私はセプターが好きなんじゃない。好きな人がセプターだっただけ。」
一緒になってからはエルドラが勝ったかどうか訊ねなくなった。
エルドラもまた、何も言わなくなった。セプターの掟に裂かれるかも
しれないことなど、まるで気にしない風にして過ごしてきた。
言い伝えが本当かどうかもわからない。カードの力を引き出せること、
それがために戦うこと。今わかるのは、それだけ。
「帰ってきてくれるかな。帰ってきてくれるよね。」
負けてほしい、勝ってほしい、無事でいてほしい、帰ってきてほしい。
頭の中で思いが交錯する。はっと気付けば足下の毛糸玉にブリンクスが
じゃれついていた。
「こら、もー…」
ブリンクスとぐちゃぐちゃに絡んだ糸をほぐしながら、私はもう
ひとつ、エルドラとのやりとりを思い出した。
誰だったか、エルドラに手合わせを請う手紙が届いたときのこと。
「絶対に勝ってね。負けちゃだめよ。」
「応援してくれるのか。嬉しいなぁ、オレ愛されてる?」
「馬鹿、違うわよ。あなたが勝って、この世界で一番になってから、
私があなたを倒すの。そしたら私が覇者になれる。」
「そっちかよ。しかも勝つ気満々…。」
「その方が手っ取り早いじゃない? 覇者になったら私の編み物
帝国が現実になるわ。そしたらエルドラも招待してあげる。」
「人の話聞いてねえだろ。だいたいその、編み物帝国って何だ?」
「秘密。まだ言わない。」
「意味わかんねえぇ」
2人で笑い合った記憶。
神様、カルドラ様、どうかこんな暮らしをずっと続けさせてください。
-----
辺りが夕闇に包まれる頃、主人が帰ってきた。やはり何かあったの
だろう。目を合わせてくれない。
ただいま、おかえり、と挨拶を交わしただけでわかる。エルドラは
へこんでいる。何事もなかったかのような素振りをしているのが手に
取るようにわかる。私はエルドラが自分から話すのを待つことにして、
夕食の準備に取りかかった。
出来上がった料理をテーブルへ運ぶと、エルドラが既に座っていた。
その手元に料理を置くと、ふと視線がぶつかった。エルドラは意を
決したような。
「ごめん。」
「なにが?」
密かな不安を煽られて反射的に言った。
「…負けた。ごめんな。」
「え…」
このひとは何を言ってるんだろう。
「お前、いつも言ってたじゃないか。『勝って』って、『負けちゃだめ』
って。だからオレ」
「ずっと勝ち続けてたの?」
「うん。でも今日は負けた。」
心の糸がぷつりと音を立てて切れるのが自分でもわかった。それ
までの感情の波が一度に押し寄せてしまう。私は泣いた。泣き出して
しまった。
「ええええ?なんで泣くの?」
エルドラにとっては突然だったのだろう、おろおろしながら私の
手をとってくれた。小さな声で涙ながらに打ち明けた。
「あなたが覇者になったら、一緒にいられなくなる。」
「ミランダ」
「愛してるの。一緒にいられなくなるのは嫌だ。覇者になんか
なってほしくない。言い伝えを信じてるわけじゃないけど、でも、」
「初めて言ったな。」
「え…。」
「いつもオレからしか言ったことなかったぞ。愛してるって。
あああぁ、負けたからオレ怒られるんじゃないかとヒヤヒヤして
たのに、まさかそんな言葉が聞けるとはおもわな」
「馬鹿ーー!!」
鮮やかな右フックがエルドラの頬をえぐった。